ワインの作法 ― グラスの持ち方から温度、レストランでの一杯まで
グラスの脚を持つべきか、腹を持つべきか。
最初に迷った夜のことを、今でも覚えている。
友人を招いた食卓で、赤ワインの栓を抜いた。
注ぐ手元がやけに緊張していた。
作法をきちんと知らないまま、なんとなく格好だけを真似ていたのだと思う。
調べてみると、ワインの作法のほとんどは、格式のための決まりごとではなかった。
香りを保ち、温度を守り、隣の人と気持ちよく飲むための工夫が、長い時間をかけて形になったものだ。
堅苦しさのためではなく、酒をより美味しく飲むための道具だと捉えると、急に肩の力が抜けた。

この記事でわかること
- グラスの脚を持つか腹を持つか、温度を守るための基本
- 注ぐ量の目安と、雫を切るコツ
- テイスティングの三段階(見る、香る、味わう)の流れ
- レストランでのホストテイスティングでは何を確認しているか
- 家で飲むときの温度と、開けた後の保存の仕方
グラスの持ち方 ― 温度を守るための基本

ワイングラスは、脚(ステム)を持つのが基本とされる。
ボウル部分を手のひらで包むと、体温がワインに伝わり、温度が上がってしまうからだ。
特に白ワインやスパークリングワインは、冷えた状態の香りと酸味を楽しむ酒なので、この持ち方が効いてくる。
赤ワインは、ある程度手の温度で香りが開くことを歓迎する場面もあり、ボウルを軽く包むように持つ人も少なくない。
この点は流派によって考え方が分かれており、絶対の正解があるわけではない。
もう一つの理由は指紋だ。
ボウルに触れると、グラスの外側に指の跡が残る。
透明なグラス越しに色合いを見るのも、テイスティングの一部と考えるなら、ステムを持つ習慣はそのぶん景色を綺麗に保つ効果もある。
家で気楽に飲むときまで、この持ち方を徹底する必要はないと自分は思う。
ただ、レストランで乾杯するときや、写真に残す一杯のときは、ステムを持つだけで、少し様になる。
注ぎ方 ― 量と、雫の切り方

ワインは、グラスになみなみと注がない。
目安として、赤ワインならグラスの3分の1程度までという考え方が広く使われている。
ただしこの割合も、グラスの形状や酒の種類によって変わるため、あくまで目安だ。
注ぐ量を抑えるのには理由がある。
ワインは、グラスの中で空気に触れて香りが開く酒だ。
余白があるほど、グラスを回したときに香りが立ちやすくなる。
なみなみと注いでしまうと、その余白がなくなり、こぼす心配まで増えてしまう。
スパークリングワインは逆に、静止ワインより多めに注ぐのが基本だ。
シャンパーニュでは、グラスの2分の1から3分の2ほどまでを目安に、泡の様子を見ながら2回に分けて注ぐ方法がシャンパーニュ関連の業界団体から案内されている。
最初の泡が落ち着くのを待ってから注ぎ足すと、あふれにくい。
注ぎ終える瞬間、ボトルの口を軽くひねりながら持ち上げると、雫がテーブルクロスに垂れにくくなる。
この動きは、レストランのスタッフの手元を見ていると、よく使われているのに気づく。
家で友人に注ぐときも、これだけは真似している。
たったそれだけで、注ぐ姿が少し丁寧に見える。
テイスティングの順番 ― 見る、香る、味わう

ワインを味わう手順は、見る、香る、味わうの三段階で説明されることが多い。
まずグラスを傾けて色調を見る。
次にグラスを軽く回し(スワリングと呼ばれる)、香りを嗅ぐ。
最後に口に含んで、味と余韻を確かめる。
スワリングは、ただの見栄えのための動作ではない。
グラスの中でワインを回すことで、酒面が空気に触れる面積が増え、閉じていた香りが引き出される。
慣れないうちは、こぼさない程度に小さく回すだけで十分だ。
香りを嗅ぐときは、グラスに鼻を近づけて嗅ぐ。
何度も小刻みに嗅ぐ人もいれば、一度だけ大きく吸い込む人もいて、このあたりは好みが分かれるところだ。
焦って何度も嗅ぐより、一呼吸だけのほうが香りの印象を素直に受け取れる、というのが自分の実感だ。
口に含んだあとは、少し空気を含ませるように味わう人もいる。
これはプロのテイスティングでよく見る所作だが、家で飲むときにまで真似る必要はない。
自分は、静かに味わって、余韻がどれくらい続くかを楽しむだけで十分だと思っている。
レストランでのホストテイスティング

レストランでボトルを注文すると、最初にグラス一口分だけ注がれ、確認を求められる場面がある。
これはホストテイスティングと呼ばれる作法で、注文した人(ホスト)が、そのボトルの状態を確かめるための一手だ。
ここで確かめるのは、自分の好みに合うかどうかではない。
カビ臭(ブショネ)が出ていないか、酸化して風味が変わっていないか、というワイン自体の欠陥の有無を見る場面だ。
好みに合わないという理由で注ぎ直しを求めるのは、本来の趣旨とは違う。
問題がなければ、軽くうなずくか、「大丈夫です」と一言添えるだけでいい。
難しい言葉は要らない。
逆に、コルク臭のような明らかな異常を感じたときは、遠慮せずスタッフに伝えていいとされている。
自分も最初は、この一口を前に固まってしまった。
今は、色を見て、香りを一度嗅いで、ひと口含む。
それだけの動作だと分かってからは、身構えずに済むようになった。
家飲みの温度と保存

赤ワインは常温、白ワインは冷やして、とよく言われるが、この「常温」は今のエアコンが効いた室温よりも少し低い温度を指しているとされる。
軽めの赤は少し冷やし気味、しっかりした赤はやや高めというように、酒質によって適温の考え方は変わる。
白ワインやスパークリングは、冷蔵庫でしっかり冷やしてから出す方が、酸味と香りのバランスが取りやすい。
スパークリングの中でもシャンパーニュに限っていえば、8度から10度が適温の目安になる、と業界団体が案内している。
このあたりの数値は情報源によって幅があり、絶対の正解として覚えるより、いくつか試して自分の好みを探るくらいの気持ちでいいと思う。
開けたボトルは、コルクを戻すかワイン用のストッパーをして、冷蔵庫で保存するのが基本だ。
赤ワインでも、開栓後は冷蔵庫に入れたほうが酸化の進みを抑えられるとされている。
数日以内に飲みきるという考え方が一般的だが、酒質や保存状態によって差が出るので、目安として捉えておきたい。
飲みきれないと分かっている日は、最初から小さいボトルを選ぶという工夫もある。
無理に飲みきろうとするより、そのほうが結局は酒に対して誠実な気がしている。
まとめ ― 覚えると、少し身軽になる道具
グラスの持ち方も、注ぐ量も、テイスティングの順番も、一つずつ知ってしまえば拍子抜けするくらい簡単だった。
どれも根っこにあるのは、香りと温度を守り、隣の人と気持ちよく飲みたいという工夫だ。
格式のために覚えるのではなく、酒をもっと美味しく飲むための道具として持っておく。
そう捉え直してから、ワインを開ける手の緊張が、少しだけほどけた気がしている。
次にグラスを傾けるときは、色を見て、香りを一度嗅いで、それから味わってみてほしい。
たったそれだけの手順で、同じ一本の表情が変わって見えてくる。
SipLog(酒譜)は、飲んだお酒の体験をAI推定と比較しながら記録する体験ログメディアだ。
今回は特定の一本を飲んだ記録ではなく、これまで調べて試してきた作法を、体験ログの立場からまとめておいた。
酒は、記録するともっと旨い。

